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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2762号 判決

控訴人 小関一

右訴訟代理人弁護士 和田有史

被控訴人 向後国次

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の申立

控訴代理人は、昭和四七年(ネ)第二七六二号事件につき「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し原判決添付物件目録記載(但し後記訂正あり。)の土地(以下「本件不動産」という。)につき千葉地方法務局八日市場支局昭和四五年九月二日受付第六七三三号をもってなされた所有権移転請求権仮登記に基づく昭和四六年九月二五日代物弁済による本登記手続をせよ。」、昭和四八年(ネ)第九五〇号事件につき「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。」および右両事件につき「訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は各控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者の主張および証拠関係

当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、次に付加するほかは、昭和四七年(ネ)第二七六二号事件の原判決の事実摘示欄(但し、同判決添付物件目録中「一八七七平方メートル」とあるのを「一五四七平方メートル」と訂正する。)および昭和四八年(ネ)第九五〇号事件の原判決中の請求原因欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴代理人の付加陳述)

(一)  昭和四八年(ネ)第九五〇号事件の請求原因に対する控訴人の答弁および主張として、昭和四七年(ネ)第二七六二号事件における控訴人主張の請求原因事実を援用する。以下右両事件を通じ控訴人はその主張を次のとおり追加補充する。

(二)  仮りに、控訴人と被控訴人との間に、控訴人が原審で主張したとおりの直接の金銭消費貸借契約およびこれに基づく抵当権設定契約ならびに代物弁済予約の締結が認められないとすれば、右抵当権設定契約および代物弁済予約は次のような経緯により被控訴人の代理人たる河野直一および椎名仁の両名と控訴人との間に締結されたものと主張する。すなわち、控訴人はかねて河野直一、椎名仁両名に対し昭和四四年五月頃金五〇万円、昭和四五年五月三〇日金一〇〇万円を貸付けていたところ、昭和四五年九月一日被控訴人より右両名を代理人として金一〇〇万円の借用方申込を受けたので、控訴人はこれを承諾し、右両名を通じて被控訴人に対し(イ)金一〇〇万円を弁済期同年一二月三日、利息年一割五分、期限後損害金年三割と定めて貸付けたが、その際右貸付の付帯条件として、控訴人より、河野、椎名両名の右合計金一五〇万円の債務につき被控訴人の重畳的引受を求めたのに対し、被控訴人の代理人たる右両名はこれを承諾したので、同人らと控訴人との間で(ロ)右両名の上記合計金一五〇万円の借受金に約定利息金二〇万円を加えた総計金一七〇万円の債務につき被控訴人名義で弁済期、利息、期限後損害金の約定はいずれも右(イ)と同じとする重畳的債務引受契約を締結したのであるが、さらに右(イ)(ロ)の合計金二七〇万円の債務を担保するため被控訴人の代理人たる前記両名と控訴人との間で被控訴人所有の本件不動産につき既述のとおりの抵当権設定契約および代物弁済予約を結んだのである。

(三)  仮りに右重畳的債務引受契約が認められないとすれば、被控訴人は右両名を代理人として控訴人との間に、被控訴人の控訴人に対する前記金一〇〇万円の金銭消費貸借上の債務の担保および右両名の控訴人に対する前記金銭消費貸借上の元利金一七〇万円の債務の物上保証として本件不動産につき前記抵当権設定契約および代物弁済の予約を結んだものと主張する。

(四)  仮りに被控訴人が上記(二)および(三)の契約ないし予約締結に関する代理権を前記両名に与えていなかったとしても、被控訴人は各自己の実印の押捺ある白紙委任状、印鑑証明書および金円借用抵当権設定契約証書を右両名に交付し、控訴人は上記(二)、(三)の各約定をなすにあたり右両名を通じて前記各書類の提示を受けたのであるから、結局被控訴人は右両名に代理権を付与したことを控訴人に対して表示したことに帰し、民法第一〇九条の表見代理が成立する。なお右両名によって控訴人に表示された代理権の範囲が被控訴人の表示した代理権を越えたとしても、民法第一〇九条と第一一〇条の規定の結合による表見代理が成立する。

いずれにしても控訴人は右両名から前記各書類の提示を受け一切の権限を被控訴人から付与されているとの説明を受けたのであるから、控訴人において、右両名に被控訴人のため上記(二)、(三)の契約ないし予約を締結すべき代理権ありと信じたことについては正当の理由がある。

(被控訴人の付加陳述)

当審における控訴人の代理権および表見代理に関する追加主張はすべて否認する。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一  本件不動産が被控訴人の所有であったこと、本件不動産につき、千葉地方法務局八日市場支局昭和四五年九月二日受付第六七三二号をもって、債権者控訴人、債務者被控訴人間の同年九月一日金銭消費貸借による抵当権設定契約を原因とする債権額金二七〇万円、利息年一割五分、期限後損害金年三割とする抵当権設定登記、同支局同年同月二日受付第六七三三号をもって同年同月一日代物弁済予約を原因とする控訴人のための所有権移転請求権仮登記が存すること、控訴人がその主張のとおり被控訴人に対し代物弁済の予約完結の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

ところでまず本件事案の事実関係を確定するに、≪証拠省略≫を総合すると次のとおりに認めることができる。すなわち

「控訴人は昭和四四年以降河野直一を主債務者、椎名仁を保証人として二回にわたり合計金一五〇万円を貸付けてきたものであり、被控訴人は当時河野直一、椎名仁らが経営する有限会社新和商事の資金面を援助してきたもので、そのため右両名をして被控訴人所有の本件不動産に抵当権を設定して蓮江康馥から被控訴人名義で金一〇〇万円の融資を受けさせていたものであるところ、右両名の控訴人に対する前記金一五〇万円の債務についてはすでに控訴人より再三にわたる返還の請求があり、その弁済の猶予を得るためには新たなる担保提供のほかに途がなかったところから、遂に椎名仁は本件不動産を右担保に利用しようと企て昭和四五年八月末頃被控訴人に対し蓮江康馥との契約を切替える手続に必要であるからと申向けて法律にうとい被控訴人から同人の印鑑証明書の交付を受けるとともに実印を借受け、他方控訴人に対しては被控訴人から控訴人との契約を締結する一切の代理権を付与されていると称し、右被控訴人の印鑑証明書および実印を控訴人に示して安心させ、被控訴人の代理人として控訴人との間に、昭和四五年九月一日付をもって、被控訴人の蓮江康馥に対する前記抵当権付債務金一〇〇万円を支払って本件不動産に存する同人名義の抵当権を抹消させる必要のために控訴人から借受ける金一〇〇万円と河野、椎名両名の控訴人に対する前記債務金一五〇万円およびこれに対する約定利息金二〇万円との合算額二七〇万円を債務額とし、弁済期同年一二月三日、利息年一割五分、期限後損害金年三割と定めた準消費貸借契約を締結するとともに右準消費貸借上の債務を担保するため本件不動産につき抵当権設定契約および代物弁済の予約を結び、前記のとおりその旨の抵当権設定登記および所有権移転請求権仮登記が経由されたのである。

しかしながら右各契約ないし予約はいずれも被控訴人不知の間になされたものであって、全く被控訴人の関知するところにあらず、また被控訴人はかかる代理権を椎名仁はもとより何人にも与えたことはない。

甲第一号証の金円借用抵当権設定契約証書および同第五号証の二の登記申請委任状はいずれも椎名仁らが被控訴人の実印を冒用して作成したものである。

しかるに控訴人は椎名仁の言を信じ被控訴人に直接確かめる等の措置をとらなかった。」

以上のとおりの事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

如上認定の事実によると、前記準消費貸借契約および抵当権設定契約ならびに代物弁済の予約はいずれも椎名仁の無権代理行為によるものというのほかない。(なお右認定の事実に照らせば、当審における追加主張をも含めて控訴人の主張中前記認定に抵触するものは採用の限りでないといわざるを得ない。)

そこで進んで表見代理の成否について按ずるに、代理人と称する者が本人の実印および印鑑証明書を所持するのみの事実をとらえて民法第一〇九条にいう代理権授与の表示ありとみることはいささか早計に過ぎる。なんとなれば、特段の事情のない限り、これのみではいかなる代理権の授与があったのか判定に由ないからである。仮りになんらかの代理権授与の徴表とみ得るとしても、さらに同法第一一〇条との関係において結局正当理由が要請されることになる。いま本件についてこれをみるに、前認定のように椎名仁は被控訴人の代理人であると称し、同人の印鑑証明書および実印を持参してこれを控訴人に提示したものではあるが、前認定の準消費貸借契約およびこれに付随する担保契約は河野直一、椎名仁両名の控訴人に対する債務を被控訴人において無条件に肩替りする趣旨を含むものであるから、かような場合には控訴人としてはすべからく被控訴人本人につき直接その真意を確かめる等の措置をとるべきであるにかかわらず、かかる措置をとることなく、漫然と椎名仁の言を信用して同人に被控訴人の代理権ありと信じたことについては控訴人に正当の理由があるとはとうてい認め難い。さようなわけでいずれにしても控訴人の表見代理の主張は採用するに由ない。

叙上説示の次第で、被控訴人の控訴人に対する本件金銭消費貸借債務は存在せず、また本件抵当権設定登記および所有権移転請求権仮登記はいずれも登記原因を欠く無効のものであるから、被控訴人の本件債務不存在確認請求ならびに本件抵当権設定登記および所有権移転請求権仮登記の各抹消登記手続請求は正当であるが、右仮登記に基づく本登記手続を求める控訴人の請求は理由がない。

二  とすると、被控訴人の請求を認容し控訴人の請求を棄却した各原判決はいずれも相当で本件各控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 古山宏 判事 青山達 判事小谷卓男は転任のため署名捺印することができない。裁判長判事 古山宏)

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